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東北関東大震災の被害状況が発表されるたびに、死者行方不明者などの数が増え続けてる。
しかも、今は原発による被害、また避難警告が出てる人達など、日に日に被害が大きくなって言ってる。

もし、私が日本に居たら・・・
ボランティアに行ってたのに・・・
でも、出来ない。

なので、義援金Tシャツを作って、あちこちを走る事にした。
カナダ、アメリカのランニング仲間も賛同してくれて、200枚作成予定のシャツが既に170枚近くの注文を受けている。
もちろん、義援金を付けているので、その義援金は在日カナダ大使館を通して、日本赤十字社へ送金してもらうつもり。

デザインも、ランニング仲間のプロの人が、無料で提供してくれ、とても良いシャツが出来そうだ!

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無事、発注も終え、あとは出来上がりを待つのみ。

さぁ~~このシャツを着て、5月1日出陣するぞぉ~~!!
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悪夢の日から一週間。
カナダでも、ライブでNHKニュースが見られる様になった。(本来は契約者のみだが、今回は特別との事)
テレビで情報が見られるのは良いんだけど、日に日に、地震の凄さ、恐ろしさ、そして、悲惨さが伝わってくる。なんとも言えない、悲しい気持ちなる。

そんな時に、プロ野球は開催するだの、東京スカイツリーは最高高さの達しただの・・・全く。

別に今じゃなくてもいいじゃん!
おまけに被災地以外の人たちは、スーパーで買占めをしたり、被災地の人に回してよ!
一日おにぎり一個、パン一個しか与えてもらえない人たちだっているんだよ。
全く、腹が立つ!

これまた腹が立つことって言ったら、
私の故郷、茨城もしっかり被災地なのに、皆に忘れられ強調文てる。
いつもニュースに出る所は福島、岩手、宮城・・・
でも、茨城も被災したし、被災地で暮らしてる人だっている。
余震だって、茨城県沖って多いし、今もまだ、実家は水道が修正されてない。
一番びっくり!したのは、計画停電に、しっかり被災地の茨城が入ってて、しっかり実行された事。
NHKのニュースで、計画停電が行われている神栖市では・・・なんて言ってた。
神栖市には、住友金属の工場があり、火災もあったと聞いた。
食糧不足、ガソリン不足は茨城も同じなんだ。

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電柱は今にも倒れそうだし、

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あちこちに、穴が空き、


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そして、道路もグチャグチャ

実家の屋根も瓦が落ち、今はブルーシートで覆われている。

ガソリンがないから、年老いた母がチャリで買い物へ行き、朝9時にスーパーへ行っても、物はなし・・・
いつになったら、物流がきちんとするんだろうか?!

確かに、福島、岩手の方に被害に比べたら、茨城の被害なんて、小さいものかもしれないけど、
茨城も被災地なんだ!という事を忘れないで欲しい。
そして、少しでも良いので、ガソリン、物資を回してほしい。

10日、木曜日にバンクーバーを経ち、予定時刻より40分ほど遅れてオタワに着いた。
荷物が出てくるのを待って、タクシーで家へ帰ったのは、AM1時すぎ。
そこから、冷蔵庫へ入れる物だけをスーツケースから取り出し、さぁ~眠くないけど(時差ボケの為)寝ようかな??って思ってたら、メールが来たよ!とブラックベリーが告げた。
何何・・・って見てみると、地震!!実家は大丈夫との事。
ツイッターを見てみると、みんながつぶやいてる。
鞄の中にしまってあったPCを開け、ネットで状況を確認するとげぇ~~~~~
あわてて実家に電話したけど、もちろん繋がらず。
姉にメールを送ったけど、もちろん繋がらず。
気だけが焦ってしまい、自分自身で冷静な判断が出来なかった。
こっち時間の4時過ぎ(日本時間11日午後6時頃)に、姉からメールが来た。
姉は大丈夫、幸い、この日は有給を取っており、家に居たとの事。
もし、会社に行ってたら、家に帰ることは不可能だったかもしれない・・・
しかしながら、両親とは連絡付かず。
姉も連絡してるけど、電話は繋がらない・・・
一応、携帯は持っているが、ほとんど使ってない携帯なので、もちろんスイッチONにしているわけがない。
メールなんて出来ないし、電話が繋がるのを待つしかないのか・・・
そんな時、実家の友達が、わざわざ実家の近くへ見に行ってくれ、灯りが付いてた(実家では自家発電器があるので。)から、大丈夫だと思うよ!とメールをくれた。
ホッ!
持つべき者は良き友達ですなぁ~~
ちょっと安心して、私もひと眠りすることに。
すでに朝5時になっていた。

翌朝、7時には起き、日本の状況をネットにて確認。
それは、それは、酷い状況で、映画のワンシーンでも見てるかのようだった。
あんなことが実際に起こるんだ・・・
自然の力って恐ろしいぃ~~。

両親の事も気がかりだけど、日本にいる友達の事も気がかりで、いつ届くか分からないメールをしまくった。
そしたら、ドコモ宛てのメールは、案外届いて、大変な状況なのに返事をちゃんとくれた。
中には、電気がなく、真っ暗のなか、メールで励ましてもらって元気がでたよ!lって言ってもらえたら、こんな私でも役に立てたんだ!と思うと嬉しくなった。

親とも話すことが出来、家の被害はあったものの、家があるだけ良しと思わないと。
それに、両親はちゃんと家で眠ることが出来てるんだから・・・
友達の中には、車の中で寝た、電気がない、家が海岸近くなので、高台に避難した・・・とかという事を聞くと、家は恵まれてる方なんだなぁ~って思った。

実家では、電気はたまに切れるけど、生活出来ると言ってたし、お水は止まってるけど、幸いなことに井戸水があるっていうし、冷蔵庫の中には、買いだめしてある食糧があるっていうし、こ~考えると、本当に家は恵まれてる方かもしれない。

余震はまだ続いてるみたいだけど、これ以上の大きな地震が来ないことを祈るだけです。

私の母の実家は岩手の気仙沼の近くなんです。
田舎なので、隣近所が皆知り合いみたいな場所なので、みんなの安否が気がかりです。
仙台に居る叔母とも、まだ連絡が付かないし、本当にいつになったら平穏な生活に戻れるんだろう。
これ以上、年老いた両親を苦しめないで欲しい。

それにしても、私って何ていうか・・・
実は、私が日本に居る時(あと3日でカナダへ帰る)に、同居人の母危篤という一報が入った。
カナダタイム3日、日本タイム4日。
まだ、わからないから・・・ということで、その時は待機ということになった。で、やはり、カナダへ戻ろう!と思った時は、日本が週末。
航空会社のオフィスがお休み、カナダへ電話をしたけど、待てど暮らせどオペレーターに繋がらない。
結局、義母は3月5日(日本時間6日)に帰らぬ人となった。
私の帰国は8日、葬儀には出たかったが、それも間に合わず。
日本の方が後だったら、私は行けてたのに・・・

おまけに、8日に私が日本を出てから、11日に日本で地震って!!

私って、誰の役にも立ててない。
こんな自分が腹立たしく思う。
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